東京地方裁判所 昭和31年(ワ)1302号 判決 1961年7月29日
東都信用金庫
事実
当事者参加人合資会社水谷電機製作所は請求原因として、本件土地及び建物はもと脱退原告市川一雄の所有であつたところ、脱退原告は昭和二十九年一月二十二日訴外斎藤清作との間で本件物件につきこれを右斎藤に売り渡す旨売買の予約をし、同月二十九日斎藤のため所有権移転請求権保全の仮登記を経由した。その後右斎藤は脱退原告との売買の本契約をして本件物件の所有権を取得し、昭和三十四年十一月三十日前記仮登記にもとづき所有権移転の本登記を経由し、次いで右斎藤は即日本件物件を当事者参加人に譲渡し、当事者参加人はその所有権を取得し、同日その旨所有権移転登記を了した。
しかるに、これより先本件物件については被告東都信用金庫を債権者、訴外厚生実業株式会社を債務者とする昭和三十年二月十四日付債権限度額金九百万円、期間昭和三十一年二月十三日までなる手形割引等契約に伴い、脱退原告が右訴外会社の債務の物上保証人として同日被告と締結したとせられる本件不動産を目的とした根抵当権設定契約にもとづき根抵当権設定登記がなされている。次いで、昭和三十四年二月一日被告東都信用金庫はその営業の全部を引受参加人城南信用金庫に譲渡し、昭和三十五年六月十六日引受参加人のため本件物件につき前記根抵当権移転の附記登記がなされた。しかしながら、当事者参加人の本件物件の所有権取得の本登記の順位は前記仮登記の順位までさかのぼるから、右仮登記以後になされた被告のための根抵当権の設定及び引受参加人の右根抵当権取得は、何れも前記斎藤に対抗し得ず、従つてまた当事者参加人にも対抗し得ないものである。よつて当事者参加人は、被告に対しては右根抵当権設定登記の、引受参加人に対しては右根抵当権移転の附記登記の各抹消登記手続を求めると主張した。
被告東都信用金庫及び引受参加人城南信用金庫は抗弁として、訴外斎藤清作は昭和二十九年一月二十二日頃脱退原告市川一雄の父洋一に金百五十万円を貸与し、本件物件上に抵当権を設定するかわりに売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記をしたが、昭和三十四年十一月三十日脱退原告は当事者参加人に本件物件を直接売り渡し、同日市川洋一は右売買代金中から元利合計金百五十五万円を右斎藤に弁済し、同日斎藤から右仮登記抹消のため白紙委任状、印鑑証明等を受け取つた。しかるに右市川洋一はこれらの書類をほしいままに利用して、恰かも右仮登記が本登記になり、さらに右斎藤から当事者参加人に転売されたように仮装して虚偽の登記をしたのである。これらは、仮登記後に設定された被告の根抵当権設定登記を排除するためのからくりにすぎないのである。そして、右売買残代金担保のため市川洋一を権利者として売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記をしているのであり、これを要するに、斎藤としては、市川洋一から既存債務の弁済を受けただけで、当事者参加人とは一面識さえなく、その間にその主張の売買はないのである。よつて、当事者参加人の請求は失当である、と抗争した。
理由
本件物件がもと脱退原告の所有であつたこと、これにつき脱退原告から訴外斎藤清作に対し当事者参加人主張の所有権移転請求権保全の仮登記、右仮登記にもとづく所有権移転の本登記がなされたこと、右斎藤から当事者参加人に対し当事者参加人主張の所有権移転登記がなされたこと、これよりさき、本件物件につき当事者参加人主張のように被告のため根抵当権設定登記及び引受参加人のため右根抵当権移転の附記登記の各なされたことは当事者間に争いがない。
当事者参加人は、右各登記のとおり脱退原告は昭和二十九年一月二十二日訴外斎藤清作との間で本件物件につき売買予約をし、次いで右予約にもとづく本契約をして斎藤は本件物件の所有権を取得した上、さらにこれを当事者参加人に譲渡し、当事者参加人においてその所有権を取得したと主張するのに対し、被告及び引受参加人はこれを争い、右斎藤との本契約及び当事者参加人への売渡はなく、右各登記は何れも被告の根抵当権を排除するためのからくりとしてなされた虚偽の登記であると主張する。しかし、本件物件につき右各登記の存すること当事者間に争ないこと前記のとおりである以上、一応右各登記に相応する物権変動があつたことはこれを推認すべきものである。右認定に反する証人三谷同宮下信彦の各証言は証人斎藤清作同市川洋一の各証言と比べて信用し難く、その他に右認定をくつがえし、右各登記が単なるからくりに過ぎないことを認めるに足りる的確な証拠はない。却つて証拠並びに本件口頭弁論の全趣旨を併せれば、斎藤清作は昭和二十九年一月頃脱退原告の父市川洋一に金百五十万円と金二百万円合計金三百五十万円を利息元金百円につき一日金五銭の割合とし期限およそ一年先として貸与し、その担保の意味合いで脱退原告は右斎藤との間で本件物件につき売買予約をし、前記のとおりその旨所有権移転請求権保全の仮登記をした。その後右市川はその弁済をせず、一方本件物件については被告のため根抵当権設定登記がなされたので、脱退原告は本訴登記抹消の請求をしていたが、その解決の遅延するうち、斎藤が市川に貸与した金員の一部の借入先である駿河銀行からやかましい催促を受けるようになつた。そこで脱退原告、斎藤、市川らは相談の上本件物件を前記売買予約にもとづいて斎藤において買い取り、右債務を消滅せしめた上、これを他に売却してその利益金を分配する方法によつて事態を解決しようとし、昭和三十四年十一月当事者参加人が本件物件を買い受ける旨申し出て来たので、その頃脱退原告と斎藤間で右売買予約にもとづく本契約をして斎藤においてその所有権を取得し、さらにこれを当事者参加人に売却し、それぞれ前記各登記をしたものであることを認めるに足りる。右認定の事実からすれば、当時斎藤の債務を弁済してその仮登記の抹消を得、これを脱退原告から他に(例えば当事者参加人に)売却する方法もあり得たであろうが、そのためには現に存する被告の限度額九百万円の本件根抵当権設定登記を抹消しなければ買手を求めることはまず不可能であるが、斎藤の仮登記にもとずく権利を活用すれば被告の根抵当権は対抗し得なくなり、買主を得ることも容易となることは明らかであるから、脱退原告、斎藤、市川らが前記方法を用いることとしたのは正に当然の法的技術を用いたに止まり、そのことの故にこれを実体なきからくりであり、その登記は虚偽であるとすることはできないのである。もともと被告はこのような仮登記ある本件物件を担保としたのであつて、右仮登記にもとづき本登記がなされればこれに対抗し得なくなることはあらかじめ予期し、もしくは予期し得たはずであり、右脱退原告のとつた方法が被告の根抵当権を排除するためであつたとしても、これを非難し得ないものである。
してみると、右斎藤は本件物件につき所有権を取得し、右仮登記にもとづき本登記をした以上、右本登記の順位は仮登記の順位にさかのぼる結果、右仮登記以後になされた被告の根抵当権設定は斎藤に対抗し得ず、その設定登記は抹消すべきものであり、被告からその譲渡を受けたとする引受参加人の右根抵当権取得の附記登記もまた抹消すべきものであり、右斎藤から本件物件の譲渡を受け所有権を取得しその旨移転登記を経た当事者参加人は右斎藤の承継人として当然被告及び引受参加人に対し右各登記の抹消登記を請求し得べき筋合である。よつて、当事者参加人の本件参加請求は正当である。